大判例

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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2997号 判決

控訴人

橋本太郎

右訴訟代理人

高田正利

外二名

被控訴人

鈴木隆雄

右訴訟代理人

今村甲一

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

二、被控訴人は控訴人に対し金五〇万円およびこれに対する昭和四七年九月二九日より完済までの年五分の割合による金員を支払わなければならない。

三、控訴人のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は第一、第二審とも一〇分し、その九を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

五、この判決の第二項にかぎり仮に執行することかできる。被控訴人において金五五万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実《省略》

理由

一控訴人が昭和四九年四月ごろ被控訴人から五〇万円を借りうけたこと、その際控訴人が被控訴人の貸金債権担保のため本件刀剣を預け渡したことおよび同担保の趣旨が控訴人主張のとおりであることは、いずれも当事者間に争いがない。〈証拠〉によると、右借入金の弁済期は一年と約定されていたものと認められる。右被控訴人本人尋問の結果のうち、右借入金の利息に関し銀行預金の利息相当額を支払うと定めたとの趣旨の部分は、当審証人吉添利幸の証言および右控訴人尋問の結果に対比すると、被控訴人の記憶違いによるものとみられるため、これを採用せず、他に利息の約定の存在を認めるのに足りる証拠はない。

〈証拠〉を総合すると、原判決書事実欄のうち請求原因2、(一)および(二)の事実が認められる。被控訴人は約定の弁済期限後控訴人に対し再三にわたつて弁済の請求をしたが応じなかつたというが、その事実を認めうる証拠がない。

被控訴人が右のようにして預り保管中の本件刀剣を鑑定のためという理由で訴外土屋愛作に預け渡していたところ、同訴外人が昭和四一年ごろこれを紛失し、その所在が不明となり、今日におよんでいることは、当事者間に争いがない。

以上の事実によれば、控訴人の被控訴人に対する本件刀剣の返還債務は、被控訴人より預託保管中の訴外土屋愛作が昭和一四年秋ごろ右刀剣を紛失しその所在が不明となつた時点において、履行不能になつたものと認めるのが相当である。

二次に被控訴人の和解による解決ずみの抗弁について審案するのに、当裁判所はこれを失当であると判断するところ、その理由は、当審において新たに採用された証拠によつても右抗弁事実を肯認しうるものはなく、原判決の示すところと同じである(原判決書九丁表一行目冒頭より一一丁表三行目末尾まで参照)から、これを引用する。

三そこで、被控訴人の負うべき返還不能による損害賠償について検討する。

特定物の返還債務が履行期の後に履行不能となつた場合における損害賠償額の算定基準については、原判決書の説示するとおりである(原判決書一一丁表八行目冒頭より同丁裏六行目の「である。」まで参照)からこれを引用する。

本件についてこれをみるのに、前示のとおり本件刀剣の返還債務は、すでに昭和四一年秋ごろには不能に陥つていたのであるが、〈証拠〉によると、本件刀剣は光忠の折紙つきであり、しかも財団法人日本美術刀剣保存協会より特別貴重刀剣の認定を受けており、その価格は右時期以後本件口頭弁論終結の日までの間においては、控訴人主張のように八〇〇万円の金額に騰貴したかは別として、相当程度の騰貴をしたことが認められる。

しかし、〈証拠〉によると、被控訴人が本件刀剣を担保として受け取つた時には、被控訴人には刀剣につき格別の趣味がなく、その価値を判断する能力もなかつたこと、被控訴人は本件刀剣を刀剣に趣味のある友人に見せたが、その友人はこれを三〇万円程度と評価したこと、被控訴人が昭和四〇年ごろ美術刀剣商である訴外土屋愛作にその評価を依頼したところ、同訴外人は五〇万円以下であろうと鑑定したこと、訴外土屋愛作が昭和四〇年ごろ被控訴人から本件刀剣を預つた時には、本件刀剣が使い古しや砥ぎ減りなどによつて価値の低下をきたしている状態にあつたこと、刀剣に趣味をもつ訴外吉添利幸が昭和三九年秋頃被控訴人方で本件刀剣を見たところ、刀のハバキから一寸五分ないし二寸のあたりに米粒位の刃こぼれがあつたのを現認したことが認められ、また〈証拠〉によると、控訴人は被控訴人より五〇万円を借り受けた昭和三九年春ごろにおける本件刀剣の価格をおよそ一〇〇万円程度とみて担保に供したことが認められ、これと引用にかかる原判決理由の説示するとおり昭和四二年五月ごろ控訴人と被控訴人との間にいつたん本件刀剣の返還が不能になつたことにもとづく損害賠償金を八〇万円と定めたこと、そして〈証拠〉によると、右のように損害賠償金を八〇万円と定めるにあたり、控訴人はその価格を一〇〇万円ないし一五〇万円程度と考え、一〇〇万円の賠償を求めたが被控訴人らより滅額方を懇請され、やむなく八〇万円とする旨を合意したことが認められる。

右の各事実によると、本件刀剣に関して原判決認定の約定成立の時期である昭和四二年五月ごろまで(それより半年余り前の本件刀剣が紛失し履行不解となつた昭和四一年秋ごろを含む)、被控訴人においても本件刀剣の価格が騰貴を続けているという特別の事情を知つており、もしくはそれを知りえたものとはとうてい認められない。してみれば、本件刀剣の返還が不能になつたことにもとづく損害賠償額は、同刀剣が返還不能となつた昭和四一年秋ごろにおける価格によるべきである。そこで右価格について案ずるのに、前記認定の各事実に、〈証拠〉によれば、刀剣類の価格は昭和四一年秋ごろから翌四二年春ごろまでの間に多少高くなつてはいるものの、それほどの差はないと認められることと併せ考えると、本件刀剣の昭和四一年秋ごろにおける価格は一〇〇万円と認めるのが相当である。なお、〈証拠〉には、本件刀剣がもと自分が見て鞘書きをしたものであれば、昭和四二年ごろの売買相場は三五〇万円ないし四〇〇万円であつたと思う旨の供述部分があるが、同証人が右の刀剣を現実に見て鞘書きをしたのは昭和三二年ごろのことであり、本件刀剣が同証人の見たのと同一のものであるかは必ずしも明確でないのみならず、その証言は、同刀剣の保存管理が良好な状態で続けられていることを当然の前提とするところ、前示認定にかかる昭和三九年秋ごろ以降における本件刀剣の保存管理状態からすると、右証言によつても前示認定を妨げるに足らず、他に同認定を動かすのに足りる証拠はない。

四以上に説示したしたところによれば、被控訴人は控訴人に対し本件債務不履行にもとづく損害賠償として、右認定の本件刀剣の価格一〇〇万円から控訴人の自認し、かつ、控除を求める前記借受金債務を控除した残額五〇万円およびこれに対する履行不能後の昭和四七年二九日より完済までの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるといわなければならない。

よつて、控訴人の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、右の限度において正当であるが、その余は失当として棄却を免れず、これと異なる判決を変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、仮執行の宣言およびその免脱の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(畔上英治 安倍正三 岡垣学)

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